偉人 良寛 名言集|心の常備薬

良寛
1758年11月2日 – 1831年2月18日
江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家
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俗名:山本栄蔵。
越後国(新潟県)三島郡出雲崎の名主橘屋山本左門泰雄(伊織,号以南)の子として生まれる。
享年73,74歳の両説が有力で,いずれも決め手に欠ける。
誕生月を12月とする説も根拠不明。
生年不詳とする所以である。
以下,良寛の事蹟はさまざまな伝説,推測の中に埋没していて,事実を基に編年体の伝を立てるのは甚だ困難である。
明和7(1770)年ごろに大森子陽の塾に入門し儒学を学ぶ。
その後名主見習役に就いたが,実務家に適さない性格から役をなげうち,国仙和尚に従って備中国玉島(岡山県)の円通寺に向かった。
出家の時期は不詳。
またその後の事蹟も明らかではない。
寛政8(1796)年ごろに帰郷,その後は故郷周辺を転々として生涯を終えた。
弟子の貞心尼ほか周囲の人物の間接的な証言が,しかも断片的にしか伝わらないため,良寛の実像は今もって明らかではなく,生前すでに伝説的存在となった。
和歌や漢詩を非常に多く書き与えたためか,遺墨類はおびただしく,しかも重複するもので小異のある作品が多く,成立年代の考証は困難を極める。
後人の編纂による詩歌集に拠らざるを得ず,自ら著述を残そうとしなかったこともあり,客観的な作品研究の余地がほとんどないのも特徴である。
人間良寛の魅力があまりに大きく,評者,論者の理想とする良寛像が容易に築かれたため,推測による虚像が現実の素顔を覆ってしまった。
歌人の面に限っても,その詠作活動があまりにも個人的で,歌壇史的究明が不可能なため,近世和歌史上に位置づけられない存在となっている。
全集数種,研究書は膨大に存する。
<参考文献>
良寛全集刊行会『良寛伝記・年譜・文献目録』(『良寛全集』別巻1),宮栄二編『良寛研究論集』
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No.001


花、無心にして蝶を招き
蝶、無心にして花を訪れる。

 

No.002


災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。
死ぬる時節には死ぬがよく候。
これはこれ災難を逃るる妙法にて候。

 

No.003


裏を見せ、表を見せて、散る紅葉かな。

 

No.004


迷いだの悟りだのということは知らん。
ましてや名声だの利欲などは問題ではない。
すでに夜となり雨が降っているが、私はこうして二本の脚をゆったり伸ばして満ち足りている。

 

No.005


散る桜 残る桜も 散る桜

 

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No.006


形見とて 何か残さむ 春は花 山ほととぎす 秋はもみじ葉

 

No.007


上をうやまい下をあわれみ しょうあるもの とりけだものにいたるまで なさけをかくべき事

 

No.008


顔も 身体も 名前も 姓も お前にそれは丁度良い。

 

No.009


息子の嫁も その孫も それはお前に丁度良い。

 

No.010


幸も 不幸も 喜びも 悲しみさえも 丁度良い。

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