偉人 内海桂子 名言集|心の常備薬

内海桂子
1922年9月12日 –
日本の芸人、漫才師、女優
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本名:安藤良子。
東京出身。
1938年高砂家とし松とくみ初高座。
1950年内海好江とコンビを結成。
三味線と着物の舞台姿で活躍。
1983年漫才ではじめて芸術選奨文部大臣賞。
1997年 好江が病死後、ピン芸人に戻る。
1998年に漫才協団会長に就任。
また、2005年に漫才協団が社団法人漫才協会になり、同協会会長に就任。
漫才活動の他、映画・ドラマ・トーク番組・バラエティ番組などに出演し、最近ではレポーター、講演会の講師、今村昌平監督の日本映画学校・演劇科講師を務めるなど常に新境地を開拓し、各番組でコメンテーターとしても活躍。
世間の注目を集めている。
尚、1982年度に授賞した芸術選奨文部大臣賞は漫才としては初の栄誉である。
永きにわたり第一線にて活躍しており、その芸風も多様にて貴重な存在。
直弟子に笑組、ナイツ等が居る。
俳優志望だったウッチャンナンチャンの2人も、横浜放送映画専門学院在学中に桂子から漫才転向を勧められ、その後マセキ芸能社の後輩となったため、事実上弟子扱いされている。
主な著書に、『転んだら起きればいいさ』『さあ、もう一歩踏み出してみようよ』など。
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No.001


小学3年の時に東京・神田にあるおソバ屋さんに奉公に出ました。
以来80年、私は自分でお金を稼いできました。
学問なし、師匠なし。
世間様のこと、芸のこと、お金のこと、すべて見よう見まねで勉強してきました。
人が失敗すれば、気をつける。
人がうまくいけば、より良いものをと工夫する。
私、怒られるのが大嫌いだったから、周りを見てきたんです。

 

No.002


今も浅草で都々逸などを披露しています。
ゲストの方と漫才をやることもあります。
同じネタでも全く違う雰囲気になるし、相手を思う心ひとつで、最高にも、最悪にもなる。
それが芸も人生も、面白いところね。

 

No.003


相方の好江ちゃんとギクシャクしていたとき、マセキ芸能社の社長とリーガル万吉師匠が「時の氏神様」になってくれ、仲を取り持ってくれたんです。
そこで「コンビ永続法」を教えてもらいました。
その中に「相手の立場でまず動く」という言葉がありました。
相手のことを見て配慮して、先回りして動いてあげる……。
確かに、それぐらいでちょうどいいのよ。
舞台ではお客様の様子を見て、相方を考える。
あたしと相方とお客様。
三角形で話すのが漫才。
最近の子はお客様を無視して2人で話しているのは困るわね。

 

No.004


好江ちゃんとコンビを組んだとき最初は相当きつく当たりました。
そのとき彼女は何もできなかったので、「ばか」とか「間抜け」とか言いました。
でも、あたしゃ江戸っ子だから、そう言っても「こうだからダメなんだよ」とちゃんと理由も説明しましたよ。

 

No.005


これまで10人以上と漫才をしてきたけど、一番長かったのが好江ちゃん。
彼女とコンビを組んだのは、終戦から5年たった1950年。
私が28歳の時です。
本当は別の相手と姉妹漫才をするつもりだったんだけど、それがダメになり、仲介してくれた人が連れてきたのが、当時14歳のあの子。
三味線は弾けない。
踊りもダメ。
着物も自分では着られなかった。
私には夫も子供もいた。
こんな若い子と一緒にやって家族を養っていけるかしら…。
さすがに一度断ったんだけど、彼女がどうしても「頑張る」と言うから始めることにしたんです。
気持ちがなければ、続きませんからね。

 

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No.006


人って、自分が置かれた境遇を嘆いたり、泣きごとを言ったり、ふてくされたりするけど、そんな暇ないのよ。
生きていくためには仕事して稼がないといけないし、仕事は人に教えられるものでもない。
まわりの人の様子を見ながら憶えて、頭を働かせる。
(一緒に働く)彼らを見てれば、次に何をしなきゃいけないかはわかるもの。

 

No.007


どんなところでも、自分の意志であろうがなかろうが、そこに雇われたからには、役に立たないと居づらくなる。

 

No.008


泣きごとを言う暇があったら、まず動いてみる。
そうすると、何か新しいことが起こるものよ。

 

No.009


恋愛っていってもねぇ。
仕事で頼まれて、無理に助けてやったみたいな話ばかりで、惚れたはれたの色恋は無縁だわね。
だってそんな暇なかったのよ。
ちょうど年頃のときに戦争だったからね。
でもいっぺん惚れたのはね、あそこに描いてある兵隊さん(写真下:師匠の家に飾られた自筆のイラスト)。
おんなじ町内の駄菓子屋の息子だったわ。

 

No.010


いつも一緒に遊んでくれてた幼馴染みみたいなもんでね。
それが兵隊に取られて、戦争から帰ってきたときにうちに来たのよ。
聞けばすでに女房がいると。
で、「女房は郷里に帰ってるから、手紙ならくれてもいいよ」とか洒落臭いこといってくるから一気に冷めたわよ。
「うるせえーやい! 天下の内海桂子が手紙だすなんて、冗談じゃないよ」って啖呵切って追い返してやった。

 

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