偉人 大村崑 名言集|心の常備薬

大村崑
1931年11月1日 –
日本のコメディアン・俳優
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本名:岡村睦治
兵庫県神戸市長田区出身
大阪府箕面市在住。
昭和30年代を中心としたテレビ黎明期の軽演劇で爆発的な人気を得た。
昭和30年大阪北野劇場の専属コメディアンとなる。
三木のり平からヒントを得たと言われる「ずれ落ちたロイド眼鏡」と、とぼけた芸風で黎明期のテレビに進出。
昭和33年大阪の民放テレビ開局とともに「番頭はんと丁稚どん」「頓馬天狗」などに出演,子どもたちの人気をえる。
中でも、主役を務めた『頓馬天狗』で人気を決定づける。
とぼけたキャラクターながら、秘薬を飲むと抜群の剣の腕となり、左手だけの「片手抜刀」など、毎回身軽でトリッキーな殺陣をみせる大村の「尾呂内南公」は当時の子供たちを中心に絶大な支持を受け、「崑ちゃん」の知名度を全国区に広めた。
昭和34年花登筐と劇団笑いの王国を結成。
劇団内では「人気の崑、実力の雁之助」という2枚看板となる。
のちフリーでテレビコマーシャルでも活躍。
ダイハツ工業提供の『やりくりアパート』では三輪自動車・ミゼットの生CMで佐々十郎、茶川一郎と車名を連呼し、売り上げに貢献した。
この当時「コンちゃんミゼット倒れているよ」と声をかけられ、しばしば路上のミゼットを起こしに行く事もあったという。
大塚製薬とは特に縁が深い。
きっかけになった『頓馬天狗』は大塚製薬の一社提供で、役名もオロナイン軟膏をもじった「尾呂内南公」。
その後もオロナミンC等の大塚製薬の各CMに出演。
「姓はオロナイン 名は軟膏」「うれしいと眼鏡が落ちるんですよ」「オロナミンCは小さな巨人です」等のCMコピーで知られる。
昭和40年代には街中に「ソフト帽にずれ落ちた眼鏡姿」でオロナミンCを手にする大村のホーロー看板が設置された。
その看板のインパクトは抜群で、大人から子どもまで知らないものはいないまでのものとなった。
創業者の大塚家とは親戚同様の付き合いであるという。
大塚製薬はもともと徳島県発祥の企業であることから、毎年夏に行われる阿波踊りには大塚関連の企業連に夫婦で参加、これを30年以上続けている。
このほか、1970年代に玩具メーカー・エポック社のCMキャラクターとしても活躍し、「ちびっ子のアイドル」と称されていた。
1992年にスタートした『山村美紗サスペンス 赤い霊柩車シリーズ』での山村紅葉とのコミカルな掛け合いで魅せる傍ら、「子育て」「家族・夫婦関係」「健康」などに関する講演活動やコメンテーターなどを務めている。
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No.001


幸せになろうと思うたら、まず自分が変わらなあかん。
そしたら、家族だって周囲の人間だって、みんな変わってくるんです。

 

No.002


19歳のとき(肺結核で)片方(右)の肺を取った。
オロナミンCのCMでは『元気ハツラツ』とウソをついてやってた。
もうCMは終わったからいいの。

 

No.003


102歳の秋に死にます。
コスモスが大好きなので、お棺に入れてもらって、 (主演した)頓馬天狗の歌をかけてもらう。

 

No.004


最近は崑ちゃんと言われなくなって、師匠とか先生と呼ばれる。
これを機にまた崑ちゃんと呼ばれたい。

 

No.005


なんじゃらほ~い。

 

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No.006


キャッチフレーズもでき上がっていて『元気ハツラツ オロナミンCドリンク』。
実は自分は肺の病気で手術を受けたことがある。
当時は誰にも話さなかったけれど(笑)。
ただ元気というイメージとは違うので、最初は詳しく理由は話さずに断った。
しかし大塚製薬さんは諦めてくれずに、若い担当さんから最後は専務まで交渉に来てくれた。
そのうち妻(瑤子夫人)が引き受けてしまった。

 

No.007


CM監督が厳しい人でね。当時だからすぐ怒鳴るし子役はむずかるしで雰囲気も暗くなって大変だった。
何度も取り直すから1回100本くらい飲んだかな(笑)ある時監督から『崑ちゃん。メガネをズリ落としてよ』と言われた。
『うれしくないのでメガネ落ちません』と言い返したらスタッフ全員が爆笑。
それでいこうということになった。

 

No.008


最初はメガネに糸を付けて前に引っ張って落としたがうまくいかない。
メガネをかけている人間ならすぐ分かると思うが前には簡単には落ちない。
僕が『メガネの蔓(つる)のハシを後ろからワイヤーで上げてみたら』と提案。
落ちるタイミングがズバリ合った。
ほかにも『オロナミンCは小さな巨人です』は現場での私のアドリブ。
もちろん何か面白いセリフがないか四六時中考えていたが。

 

No.009


炭酸飲料はオロナミンCしか飲まない。
自宅(大阪府箕面市)でもお客さんにはお茶でなくオロナミンCを出している。
ハワイに行ってもコーラは飲まなかった(笑)。

 

No.010


私は若い頃に医師から『40歳まで生きられない』と言われたこともある(笑)。
それが今でも現役なのはオロナミンCのおかげかな。
この50年間は大塚製薬のCMしか出ていない。
毎年8月13日は午前中に徳島にある大塚社長のお墓にお参りしてから大塚の企業『連』で阿波踊りを踊っていた。
それが私のお盆だ。
CMに出なくなってもお付き合いは長く続いた。
いわば顧問格と思っている。

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