偉人 松任谷正隆 名言集|心の常備薬

松任谷正隆
1951年11月19日 –
日本の音楽プロデューサー・アレンジャー・キーボーディスト・作曲家、モータージャーナリスト・俳優
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本名:同じ。
ニックネーム:「マンタ」「遊眠亭主」「ユーミンパパ」「U.Kon」
東京都出身。
慶應義塾大学文学部卒業。
雲母社社長、雲母音楽出版社長、マイカ・ミュージック・ラボラトリー校長、安達建設最高顧問。
および東京工科大学メディア学部客員教授も務める。
妻はシンガーソングライター・作曲家・作詞家の松任谷由実(旧姓荒井由実)。
父親の功三郎は横浜正金銀行(現・三菱東京UFJ銀行)の元取締役、母親の和子は雲母社監査役。
家系は「電力の鬼」と呼ばれた財界人、美術コレクター、茶人としても知られ、耳庵の号を持つ近代小田原三茶人の一人である松永安左エ門につながる。
4歳頃からピアノを習い、学生時代にバンド活動を開始。
1973年細野晴臣、林立夫、鈴木茂とグループ「キャラメル・ママ」を結成。
解散後、「ティン・パン・アレー」を経て、多くのセッションに参加。
荒井由実の一連のアルバムでアレンジャーを務め、1976年結婚。
1998年から2004年の番組終了まで、テレビ音楽番組「FUN」の司会を務めていた。
1999年、U・KONの名で木村佳乃をプロデュース。
また、モータージャーナリストとしての顔も持ち、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の選考委員、及び、「AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)」の会員でもある。
その他「カーグラフィックTV」「トリセツ」にも出演。
エッセイ集に「マンタの天ぷら」がある。


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No.001


誰かをプロデュースするときに、途中で「あ、この人、売れないかな」と思うことって、あると言えば、ありますね。
困りますよね。
いろいろ考えちゃいますよね。
プロデューサーにとって、一番必要な才能は、そういうことを見切ることかもしれません。
でも僕は駄目ですね、そういうの。
夢を叶えようとしているアーティストを、見切ることなんてできないんですよ。

 

No.002


ピアノを習い始めたのは4歳くらいですが、クラシックをやるのはあまり好きではなかったので、一生懸命練習もしないから上手くなるわけもなく・・・。
でも、テレビでやっているCMとか音楽をその場でコピーしてピアノで弾くことが得意技でした。
当時は弾いても誰にも誉められず、でも友達は喜んでくれてみたいな感じだったんですね。
実はそこの部分が後になって一番重要になっていったんですけどね。

 

No.003


絶対音感はあります。
でも最近なくなってきました。
半音くらいずれているんですよね。
平行感覚が狂ったんですかね。
原因はよくわからないんですけどなんか狂うんですよ。

 

No.004


当時(少年時代)はこの言葉はなかったんですが、パニック症だったので、満員電車に乗れなかったんです。
僕は高井戸に住んでいて、学校が渋谷の先にあったので井の頭線に乗るんですけど、渋谷駅で学校に行きたくなくなっちゃって、よく駅長室で寝てました(笑)。
あとはみんなで給食を食べることができなかったりとか、できなかったことが結構いっぱいありましたね。
でも当時は精神的な病気に社会認知がないので怒られて(笑)。

 

No.005


音楽的なことで言うと、とにかく指揮者になりたかったんです。
それと、練習もしないのにピアニストにもなりたかったですね。
指揮しながらピアノコンチェルトをやりたかったので(笑)、「どっちがいいかな?」って思ってたのは覚えてます。
それとパニック症だから妄想癖があって、妄想の世界にのめり込むような結構怖い性格だったんですよ。

 

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No.006


指揮したり、ピアノを弾いたり、そういう妄想なんですけど、それを例えば朝のラッシュアワーの電車の中でしているんですよね。
その妄想の中に逃げ込みさえすれば、学校までもったんです。

 

No.007


嘘が先だったんだと思います。
嘘から妄想の扉が開いた。
一番最初についた嘘は、僕のおじいちゃんはロシア人だっていう嘘です。

 

No.008


一度嘘をつくとその嘘を正当化するためにまた嘘つくわけですよ。
すると、自分の中でストーリーが完結しない限り嘘はつき通せないじゃないですか。
だからそこで妄想の扉が開くんですよ。
嘘を正当化するために妄想の中の世界が現実の世界になっていないと駄目じゃないですか。

 

No.009


お袋は僕を怖がってましたからね。
家庭内暴力はないですけれど。

 

No.010


バンドを初めて見たのも僕がたった数回しか行かなかった小学校の同窓会のときです。
中学になると男女別々のクラスになるんですが、それまで女の子を意識していたようには見えなかったラグビー部の連中が、中学になったら当時流行っていたカレッジフォークのバンドを組んで女子に向かって演奏したんですね。
それを見たときの僕のカルチャーショックっていうのがけっこう大きかったと思います。
「なんで女の子たちに向かって歌を歌うの?」っていう。
見ちゃいけないものを見ちゃったみたいな。

 

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