偉人 カルーセル麻紀 名言集|心の常備薬

カルーセル麻紀
1942年11月26日 –
日本のニューハーフタレント
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本名:平原麻紀(出生名:平原徹男)。
北海道釧路市出身。
北海道釧路北陽高等学校中退。
札幌市のゲイバーに勤務していた19歳のときに去勢手術を受けた。
その後、1973年(昭和48年)にはモロッコに渡り、性転換手術を受けた。
1968年、コロンビアレコードよりシングル『愛して横浜』でデビュー。
その後、歌手活動と平行して女優・タレントとして、テレビ、映画、舞台などで活躍。
主な出演作は、日本テレビ『イレブンPM』、テレビ東京『花笠お竜』、映画『元禄女系図』『影狩り・ほえろ大砲』、舞台『いただいちゃってごめんね』『雲霧仁左衛門』など。
また1992年に「135周年記念パーティー開催(女になって20歳+50歳+芸歴30歳=135歳)」、1996~1998年にかけて「夏のドラッグクイーンイベント クレイジーサマー」を総合プロデュースするなど数多くのイベントを主催している。
2004年(平成16年)10月の性同一性障害者特例法施行を受けて性別の変更が認められて戸籍上も女性(続柄は二女)となり、本名も「平原麻紀」と改名した。
デビュー作:
シングル『愛して横浜』
代表作品:
シングル『日本列島日が暮れて』 / シングル『酔いどれ女の流れ歌』 / 映画『俺は田舎のプレスリー』

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No.001


わたしなんて30歳まで本名を言わなかったし、言えなかった。
兄弟や親戚に迷惑かけるのがいやでね。

 

No.002


わたしの時代は、ショーや営業で自分の故郷・北海道に帰るたび、「恥さらし」と蔑まれ罵られた時代だったわよ。

 

No.003


わたしがテレビに出始めた70?80年頃は完全に見世物、化け物扱いよ。
自分たちとは違う人間をバカにして笑いモノにするクイズや演出ばかりで、あまりの低俗さ、醜悪さに耐えきれず、本番中スタジオから飛び出したことも一度や二度じゃないわ。

 

No.004


わたしの楽屋をノックする音がして開けたらマツコが「先生、ようやくお会いできました?!」って。
思わず抱きしめたんだけど、手がぜんぜん届かなくって(笑)。
自分より若い子たちが、ちゃんと見てくれてるんだなぁと思うと嬉しいわよね。

 

No.005


女と見せて実は男、キャーびっくり!なんて、2?3回やれば終わりよ。
そんなの何回も見せられても、ちっとも面白くないでしょ。
「弁天小僧」じゃないけど、男役と女役を股にかけて世の中のウソやカラクリをスパッと斬って見せる芸がなきゃ、しゃべれなきゃ、続かないわよ。

 

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No.006


14歳の頃に読んだ三島由紀夫の小説「禁色」、そして麗しのゲイボーイとして一世を風靡した美輪明宏さんの存在が、わたしみたいな人間が生きる世界を教えてくれた。
ひと筋の光を与えてくれたの。
それで15歳のとき、釧路から汽車に乗って東京へ向かったんだけど、運悪く車掌に家出少年だと見破られちゃって。
それで捕まりそうになったから、走ってる汽車から荷物を放り投げて飛び降りたの。
それで、とりあえず札幌のススキノに行って「このあたりにゲイバーありませんか?」って訊ね歩いたら「競馬場は遠いよ」って。
それくらい普通の人は「ゲイバー」なんて知らない時代だったのよ。
それで飲み屋街を歩いている流しのお兄さんなら知ってるだろうと訊いてみたら「なんだ坊主、ゲイボーイになるのかい?」って、店まで案内して連れて行ってくれたのよ。
そこがわたしの夢への第一歩、札幌唯一のゲイバー「ベラミ」だったの。住み込みの下積み生活だったけど、この世界の礼儀やマナー、接客接待のイロハ、ドレスの着こなし、和装の着付け、それに男の騙し方、悦ばせ方まで、徹底して仕込んでもらった。
その頃の毎日は忙しくて辛くて恐くて、でも楽しかったわよ。

 

No.007


「フーテンの麻紀」と呼ばれるくらい全国渡り歩いてたから、その土地に行けばその土地に順応できちゃうの。
15歳から札幌、旭川、根室、帯広、室蘭と北海道中のゲイバーを転々と総なめにして、その後は東京、大阪、松山、福岡、そしてまた札幌と、最初に札幌を出てから19歳になって大阪に落ち着くまで、移り住んだ都市は13都市、引っ越し回数16回。
まあ、その間には、惚れたはれたの駆け落ちや色恋沙汰も話したらキリがないほどあったけどね(笑)。

 

No.008


たとえは悪いかも知れないけど、義理と筋を重んじるのは、それこそやくざの世界みたいなもんで、お世話になったママや店に恩を仇で返すようなマネは許されない。
でも、今の時代は、「わたしオンナになりたいんですぅ」でオンナになれる時代だから、仕込み修行なんてないしね。
そういう昔気質な流儀なんて今はないのかもしれないけど。
私たちは、ある意味、置屋みたいなところでお姉さんたちの炊事洗濯、身の回りのお世話をして、「オンナとして生きる道」をこの身に叩き込んで、身に付けていくわけよ。
「オンナになりたい」っていったって、ただ着飾って女のフリすりゃいいってもんじゃないと思うんだけどね。

 

No.009


ゲイボーイとしてデビューしてから、すでに去勢手術を受けていました。
いわゆるタマタマは取ったけどサオはまだ残っている状態よ。
わたしはモロッコで手術を受けましたが、確かに術後亡くなった人も多かったですし、もちろん戸惑いはありましたよ。
でも、最後は自分の運に賭けたってことでしょうね。
パリのゲイ仲間や友人を頼りにまずフランスへ飛んで、それからモロッコへ。
1年間、芸能活動から離れることで、この先仕事がなくなる不安もあったけど、それでもかまわないと思った。
女になると決めたからには、究極の女になりたかったの。

 

No.010


わたしの本名ご存知? 「徹男」ってゆうのよ。
いかつい名前でしょ。
父が付けてくれたんだけど、戦中派の父親らしく「アメリカと徹底的に闘える男になれ、男に徹する男になれ」という願いを込めて「徹男」よ。
残念ながら、親の意に反して「女に徹する男」になっちゃったけどね(笑)。

 

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