偉人 森英恵 名言集|心の常備薬

森英恵
1926年1月8日 –
日本の女性ファッションデザイナー
本名:同じ。
島根県鹿足郡吉賀町出身。
東京女子大学卒業。
第2次世界大戦後,夫の経営する生地店にアトリエを開き,ファッションの世界に入る。
杉野ドレスメーカー女学院をへて1951年東京・新宿に洋裁店〈ひよしや〉設立。
1965年ニューヨークで初のショーを開催し日本人デザイナーの海外進出のきっかけとなった。
1977年東洋人として初めてパリ・オートクチュール組合に加盟。
バルセロナ、リレハンメル両オリンピックの日本チームのユニホームや雅子妃のローブデコルテのデザイン、日本航空の制服を担当した。
また、海外のオペラやバレエの舞台衣装も手がける等ファッション界の第一人者として国際舞台で活躍した。
1996年文化勲章。
1998年水戸市芸術振興財団理事長。
1988年 – 紫綬褒章。
2004年7月のパリ・コレクションを最後に引退。

関連商品

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No.001


世界では、自分のルーツがしっかりしていないと戦えません。

 

No.002


毎日毎日、新しいものが出てこないと、文化はダメになる。

 

No.003


文化とは、オートクチュールのような職人の世界があってこそ、日々、新しいものが生み出されるものです。

 

No.004


コンピューターを使うのは必要ですが、使われてはいけません。

 

No.005


全然休みを取らない私なんか、外国では変な目で見られますけど、一生懸命に働くこと。
働きバチを恥じる必要ありますか?
働くことはやっぱり美徳だと思います。

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No.006


ニューヨークに初めて行った時、デパートの地下で日本製のブラウスがたった1ドルで売られていたの。
「メード・イン・ジャパン」は安物の象徴だったのです。
しかも、オペラ「マダム・バタフライ」を見に行くと、主役が畳の上を下駄を履いて歩いていた。
許せませんでした。
恥ずかしさと、怒りが込み上げてきました。
何とかしなければ……。
その決意が、その後、日本人デザイナーとして、日本の布を使い、日本人の手で作った服の良さを世界で認めさせたいと、私のエネルギーになりました。

 

No.007


日本のファッション文化は戦後70年で大きく変わりました。
最近、六本木の街を歩くと、男なのか、女なのか、若いのか、年寄りなのか、分からない人が増えている。
「着る」という文化が、停滞しているように思えてなりません。

 

No.008


過ぎたことを振り返るようになったら引退したほうがいい。

 

No.009


真珠は気品があり、身につけると装いも気分も改まった感じになる。

 

No.010


地球上には男と女しかいないのだから、女はやさしく男は逞しく、お互いの引力を大切にしよう。

 

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