偉人 やなせたかし 名言集|心の常備薬

やなせたかし
1919年2月6日 – 2013年10月13日
日本の漫画家、絵本作家、詩人。
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本名は柳瀬嵩。
『アンパンマン』の生みの親として知られる。
社団法人日本漫画家協会代表理事理事長(2000年5月 – 2012年6月)、社団法人日本漫画家協会代表理事会長(2012年6月 – 2013年10月)を歴任。
絵本作家・詩人としての活動が本格化する前までは頼まれた仕事はなんでもこなしたといい、編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターなど様々な活動を行っていた。漫画や子供向けの挿絵・絵本などで着実な評価を得る。
1967年にラジオドラマの脚本として書き、1969年に刊行した『やさしいライオン』が初めての絵本。
ラジオや絵本、アニメ、レコードなど様々な分野でこのキャラクターが活躍した。
1969年、雑誌「PHP」10月号で代表作ともいえる「アンパンマン」が誕生。
しかし、この頃のアンパンマンは大人向けで、顔もパンではなく普通の人間の顔だった。
空腹の人にパンを届ける、という基本的な設定は現在の「アンパンマン」に通じるものだった。
1973年、「キンダーおはなしえほん」の1冊として、最初の作品をより子ども向けにした絵本『あんぱんまん』を出版。
「アンパンマン」シリーズが人気を集め、テレビアニメ化・映画化される。
当初は、子ども向けにしては内容が難解ではないかと、批評家や幼稚園教諭などからの批判もあったが、予想に反して子どもの心をつかみ、人気作品となる。
1988年には日本テレビ放送網で「それいけ!アンパンマン」としてテレビアニメ化。
25年続く人気番組となる。
番組ではテーマソングの「アンパンマンのマーチ」など、音楽の多くをやなせ氏が作詞した。
キャラクターデザインや「手のひらを太陽に」の作詞でも知られる。

日本テレビ 世界一受けたい授業”日本人が好きな天才ベスト100″のひとりに選ばれた。

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No.001


本当の正義というものは、けっして、かっこいいものではないし、そして、そのために必ず自分も深く傷つくものです。
そういう捨て身、献身の心なくして正義は行えません。
正義の超人は本当に私たちが困っている飢えや公害などと戦わなくてはならないのです。
アンパンマンは焼け焦げだらけのボロボロのこげ茶のマントを着て、恥ずかしそうに登場します。
自分を食べさせることによって飢えている人を救います。
それでも顔は気楽そうに笑っているのです。
子どもたちはこんなアンパンマンを好きになってくれるでしょうか?
それともテレビの人気者のほうがいいですか?

 

No.002


「絶望のとなりに誰かがそっと腰かけた。
絶望はとなりの人に聞いた。
『あなたはいったい誰ですか?』となりの人は微笑んだ。
『私の名前は希望です』
「絶望の隣は希望です!」

 

No.003


人間はこんなふうに、逆境の中でも夢を見る生き物なのだ。
人は誰も幸せな人生を送りたいと願い、こうありたい、明日はそうなれるかもしれないと夢を追いかけていく。
だからこそ、がんばれるのだ。
もしかしたら、実現しないかもしれない。
夢で終わってしまうかもしれない。
それでも夢を追いかけていく。
いつの間にかそれが生きがいになっていく。

 

No.004


運をつかむには、自分のやりたいことをずっと継続して、やめないことだ。
「継続は力なり」という。同時に「継続は運」なのだ。
「運がよけりゃ」と、棚の下でぼた餅が落ちてくるのを待っていても、そんな好都合なことは起こらない。
自分でぼた餅をつくってこそ、類は友を呼ぶではないが、いろんな餅が寄ってくるのだと思う。
自分自身も、世に出なくとも、代表作がなかなか描けなくても、黙々と漫画を描き続けてきた。
アンパンマンはそうした長い歳月から生まれた「運」だったのだ。

 

No.005


四十二歳のときのその日も徹夜していた。
退屈し、子どものころにやっていた遊びを思い出して懐中電灯を手のひらに当ててみた。
すると、血の色がびっくりするほど赤く透けて見える。
あんまりきれいで見とれてしまった。
これほど絶望しているのに、体には赤い血が脈々と流れているんだ。
心は元気がなくても、血は元気なんだなと、自分自身に励まされたように感じた。
不意に「てのひらを太陽にすかしてみれば」というフレーズが頭に浮かび、それがひとつの歌詞にまとまった。
この歌は、自分を励ます気持ちから生まれたのだ。

 

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No.006


代表作をつくりたい。
漫画家としてのアイデンティティを持ちたい。
そんな長い間の願いがかない、アンパンマンの人気が高くなったのは、なんと七十代に入る直前、六十九歳のときだった。
遅咲きも遅咲き。
よく「大器晩成」とおだてられるが、いやいや、「小器晩成」の典型だ。
でも、大器でも小器でも、いいじゃないか。
せっかく生まれてきたのだ。
絶望するなんてもったいない。
なんとかなるさと辛抱して、とにかく生きていくんだ。
人生は捨てたものではない。
やがて道は拓けてくる。
それが実感だ。

 

No.007


「継続は力なり」というが、あきらめないでひとつのことを思いを込めてやり続けていると、ちゃんと席が空いて、出番がやってくるものなのだ。

 

No.008


「悲喜こもごも」という言葉がありますが、まずは悲しみが先にやってくる。
人間が生きていることを感じるのは、悲しいときのほうが多いんですね。

 

No.009


こうなってみると、イケメンでなくて本当によかった。
人並み以上の容姿に生まれついたら、この性格では、仕事なんかそっちのけで羽目をはずし、人生の軌道を大きくはずれてしまった可能性大である。
それを抑制するために、神様が容姿風貌を制限されたのだと、大いに感謝しなくてはいけない。

 

No.010


生きていることが大切なんです。
今日まで生きてこられたなら、少しくらいつらくても明日もまた生きられる。
そうやっているうちに次が開けてくるのです。

 

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