偉人 武田信玄 名言集|心の常備薬

武田信玄
1521年12月1日 – 1573年5月13日
戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。
「信玄」とは(出家後の)法名
武田信玄_90
家紋:武田菱
天文(てんぶん)10年父を駿府(すんぷ)の今川氏のもとへ追放して甲斐(かい)(山梨県)の国主となる。
「風林火山」の軍旗を用い、甲斐の虎または、龍朱印を用いたことから甲斐の龍とも呼ばれる。
信濃(しなの)(長野県)の諏訪(すわ),伊那などを攻略,川中島で越後(えちご)(新潟県)の上杉謙信と数度にわたってたたかう。(川中島の合戦)
駿河(するが)(静岡県)をも支配し,北条氏と和議をむすんだのち元亀(げんき)3年京都をめざして軍をすすめ,織田信長の同盟軍徳川家康を三方原(みかたがはら)でやぶったが,翌4年4月12日病没した。
53歳。幼名は勝千代。名は晴信。
武田武士は、赤い甲冑を纏い”赤備え”と言われた。
武田の騎馬隊は戦国一の騎馬隊と恐れられた。
信玄は、温泉の効能に気付き各地に湯治の地を持っていた。
現在も、”信玄の隠し湯”として残っている。
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No.001


風林火山=疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し。

 

No.002


武将が陥りやすい三大失観。一、分別あるものを悪人と見ること。一、遠慮あるものを臆病と見ること。一、軽躁なるものを勇剛と見ること。

 

No.003


渋柿は渋柿として使え。継木をして甘くすることなど小細工である。

 

No.004


人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ。

 

No.005


自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことはないはずだ。

 

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No.006


一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、ひと月で三十か条になるのだ。これを一年にすれば、三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。

 

No.007


我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。

 

No.008


大将たる者は、家臣に慈悲の心をもって接することが、最も重要である。

 

No.009


為せば成る 為さねば成らぬ成る業(わざ)を 成らぬと捨つる人のはかなき

 

No.010


三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。

 

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